
概要
summary
本書は、古代ギリシア政治思想研究の第一人者ジョサイア・オバーによる名著 Mass and Elite in Democratic Athens: Rhetoric, Ideology, and the Power of the People(Princeton, 1986)の全訳である。著者オバーは、民主主義と古代ギリシアの政治思想に関する革新的な研究で知られ、本書もその代表的業績といえる。
本書の中心的な関心は、紀元前4世紀のアテネにおける民主政の実態を、社会構造・レトリック・イデオロギーといった多面的な視点から読み解き、無名の市民大衆とエリートとの関係を社会政治学的に明らかにすることにある。単なる制度論にとどまらず、演説記録や歴史資料を駆使しながら、両者のあいだに生じた緊張と協調の構図に迫る。
オバーは、人々が語り、説得し合う「言葉の空間」こそが、民主政を可能にした統合の基盤であると指摘する。政治家は市民の信頼を通じて正統性を獲得し、演説によって支配関係を共存へと変えていた。また、富や出自を超えて市民に等しく政治参加を認める「政治的平等(イソノミア)」という理念の意義にも注目している。
古代ギリシア史や政治理論に関心を持つ読者はもちろん、「「民主政とは何か」「どのようにして民主的政治文化が生じたのか」「いかなる条件のもとで安定した民主政が確立されうるのか」といった問いを、現代の我々自身の問題として考える人々にとっても、極めて有益な書である。
目次
contents
- 凡例
- 序文
- 略語
第1章 問題と方法
- A. 民主主義:アテネ人と現代人
- B. エリートと大衆
- C. 社会政治的安定性の説明
- C.1 民主主義の現実の否定
- C.2 国制及び法的説明
- C.3 帝国
- C.4 奴隷制
- C.5 中流階級の中庸とアッティカの資源
- C.6 対面社会
- C.7 集団及び個人の非凡な才能
- D. 前提と方法
- E. レトリック
- F. その他の主な史料
第2章 アテネの「国制」の歴史:通時的概観
- A. 序論
- B. ソロン以前:出生エリート
- C. ソロン:富裕エリートと大衆
- D. ペイシストラトスとデーモス〔民衆〕の野心
- E. クレイステネスのイソノミア
- E.1 市民、区、そしてコンセンサス
- E.2 評議会と民会
- E.3 オストラキスモス〔陶片追放〕
- F. 前五世紀
- F.1 前四四〇年頃までの国制上の改革
- F.2 改革の背景
- F.3 エリートのリーダーシップ
- F.4 ペリクレス
- F.5 デーマゴーゴスと将軍
- F.6 反革命
- 書くことは思考の助け
- 論考を助ける小論文の書き方
- 進捗報告書は思考を助ける
- 思考をしっかり記録する
- 整理整頓をしておく
- G. 前四世紀
第3章 演説者と大衆の聴衆
- A. マスコミュニケーション
- B. 演説者の階級:レートールとイディオータイ
- B.1 「レートール」などの政治家を表す用語
- B.2 レートールとイディオータイの法的地位
- C. 演説者のエリート身分
- D. 政治と政治組織
- D.1 レートールとストラテーゴイ
- D.2 政治集団対個人によるリーダーシップ
- D.3 政治家と役割分化
- E. 討論とコミュニケーションの公共フォーラム
- E.1 人口統計と生計
- E.2 民会(エクレーシア)
- E.3 評議会(ブーレー)とアレオパゴス評議会
- E.4 民衆裁判所(ディカステーリア)
- E.5 うわさ(ペーメー)
- E.6 劇場
第4章 能力と教育:説得の力
- A. 知識人エリート
- B. 集団の決定と衆知
- B.1 普通のアテネ人の生まれつきの才能と正式な教育
- B.2 政治の実践教育
- B.3 国家制度の規範的機能
- B.4 大衆の知恵
- C. レトリックの危険性
- C.1 レトリック対大衆の知恵
- C.2 レトリックの教育の弊害:ソフィストとシュ-コパンテース
- C.3 無知、無学、そしてドラマチックなフィクション
- D. レートールによる詩と歴史の使用
- E. エリート教育の利点に関するレートール
- F. 相反する感情とバランス
第5章 階級:富、恨み、そして感謝
- A. 平等主義国家の経済的不平等
- A.1 定義と用語
- A.2 階級革命の恐れ
- A.3 再配分の方法:公共奉仕、税金、罰金
- A.4 経済的不平等の機能的帰結
- B. 嫉妬、恨み、富の弊害
- B.1 誇示、豪華さ、そして退廃
- B.2 横柄さと傲慢
- B.3 社会的関係の腐敗
- C. 富と権力の不平等
- C.1 寄付金差し控えによる政治的影響力
- C.2 法的な優位
- D. 富に対する否定的な印象の緩和
- D.1 中庸と勤勉
- D.2 富のイデオロギーにおけるドラマチックなフィクションと緊張
- E. カリス:個人的な気前のよさと公衆の感謝
- F. 政治家と富のイデオロギー
- F.1 公共奉仕とカリス
- F.2 不名誉としての貧困:突然の富の弊害
- F.3 賄賂
- F.4 富に対する正当な誇り
- G. 政治的平等による経済的不平等のコントロール
第6章 身分:高貴な生まれと貴族的な振る舞い
- A. 身分と社会的地位
- B. アテネの貴族
- B.1 ゲンネータイと貴族的趣味
- B.2 貴族的な特権:現実とイメージ
- C. 出生特権の民主化
- C.1 生え抜きと愛国心
- C.2 市民権とカリス
- D. 奴隷制と労働のイデオロギー
- D.1 奴隷の地位と奴隷的行動
- D.2 奴隷の仕事と勤勉の美徳
- D.3 政治の舞台における自由と労働
- E. 身分のイデオロギー内の緊張
- E.1 政治家の貴族的な気取り
- E.2 エートス対業績
- F. 貴族的精神の打破
第7章 結論:弁証法と言説
- A. 政治的平等と社会的不平等
- B. 自由とコンセンサス
- C. 法の支配と主権を有するデーモス
- D. イデオロギー及び大衆とエリートのバランス
- D.1 イディオータイと社会的バランス
- D.2 政治家と政治的バランス
- D.3 バランスの起源
- E. レートールの政治的役割
- E.1 世論の代弁者
- E.2 民衆の保護者
- E.3 助言者
- E.4 指導者、批評家、民意の反対者
- E.5 エリート主義者であることの重要性
- F. 政治家に対する抑制
- F.1 法的支配
- F.2 性格と政策
- G. 大衆のイデオロギー的支配
- G.1 アテネと寡頭政の「鉄の法則」
- G.2 民主主義の言説
- 訳者あとがき
-
- ■原注
- ■補遺
- ■主要参考文献
- ■主要ギリシア語・日本語対応表
- ■索引
著者・訳者紹介
introduction
装丁
binding